STAP細胞はあります。 [失敗]
STAP細胞はあります。(小保方晴子)
この言葉をビジネスに役立つ名言集に加えるかどうか迷いましたが、失敗した時の身の処し方、あるいは責任の取り方という意味で、ビジネスにも関連性があると考え、投稿させていただきます。
理化学研究所は2014年12月19日に会見を行い、STAP細胞の再現はできなかったことを発表すると同時に、小保方氏から退職願が提出されたことを発表しました。
以下、小保方さんのコメントを掲載させて頂きます。
「どのような状況下にあっても、必ず十分な結果をと思い、必死に過ごした3か月でした。予想をはるかに超えた制約の中での作業となり、細やかな条件を検討できなかったことなどが悔やまれますが、与えられた環境の中では魂の限界まで取組み、今はただ疲れ切り、このような結果にとどまってしまったことに大変困惑しております。
私の未熟さゆえに論文発表、撤回に際し、理化学研究所を始め、多くの皆様にご迷惑をおかけしてしまったことの責任を痛感しており、おわびの言葉もありません。検証終了をもって退職願を提出させていただきました。最後になりますが、本検証実験にあたり、検証チームの皆さまを始め、ご支援、応援してくださった方々に心より御礼申し上げます」
現時点で、STAP細胞は存在しないという事が確定した訳ですが、検証実験に参加することで最後まで責任を果たそうとした小保方さんの態度はなかなか真似できない事だと思います。
今回の一連の出来事は「失敗」と言えますが、これまで取り上げてきた起業家たちの言葉を借りれば、「失敗」ではなく「経験」と読み替えることができます。
小保方さんには、まずはゆっくりと心身を休めて頂き、科学者として再起を図るか、新しい道に進んで頂きたいと思います。
STAP細胞はあります。(小保方晴子)
失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。私はそう信じている。 [失敗]
失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。私はそう信じている。(カーネル・サンダース)
白いスーツ姿の人形で知られているケンタッキー・フライドチキンの創業者、カーネル・サンダース。
本名はハーランド・デービッド・サンダースといいます。
なお、カーネルは大佐という意味ですが、名前ではなくケンタッキー州がサンダースに与えた名誉大佐の称号です。
そのサンダースですが、若いころは転職を繰り返しており、決して成功者とは言えませんでしたが、40歳の時にケンタッキー州ノースコービンという場所で始めたガソリンスタンドの事業が大当たりしました。
そのうち、ガソリンスタンドに「サンダースカフェ」というレストランを併設するようになりましたが、そのカフェで提供されていたフライドチキンのレシピこそ、ケンタッキー・フライドチキンの秘伝のレシピなのです。
しかし、そのまま事業が順調に展開した訳ではありません。
サンダースが65歳の時にインターステイト・ハイウェイが新しく開通すると、車の流れが変わり、ガソリンスタンドは閉鎖に追い込まれてしまい、負債を整理すると彼の手元には
ガソリンスタンドを手放してからは、サンダースはワゴン車に寝泊まりしつつ、白いスーツを着て全米のレストランにフライドチキンのレシピを売り歩きました。
サンダースはレストランの厨房を借りては、実際にフライドチキンを作ってレストランのオーナーに提供しながらフランチャイズを増やして行き、70歳になる頃には全米とカナダに約400店舗のフランチャイズ店舗を増やしています。
その後、サンダースは74歳で経営の第一線から退きましたが、経営権を譲った後も味を確認するために世界中の店舗を回ったそうです。
現在、全世界に18,000店を超えるケンタッキー・フライドチキンの店舗がありますが、65歳となったカーネル・サンダースが失敗を乗り越えていなければ、このフランチャイズ網は存在しなかったことでしょう。
ちなみに、ケンタッキー・フライドチキンは世界で初めてフランチャイズビジネスを展開した企業です。
もし、カーネル・サンダースがいなければ、世の中にマクドナルドもセブンイレブンも存在していなかった可能性もゼロとは言い切れないと思います。
彼の人生を知ると、多少の失敗で挫けてしまうことが馬鹿らしく思えてきませんか?
失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。私はそう信じている。(カーネル・サンダース)
失敗したからって何なのだ? 失敗から学びを得て、また挑戦すればいいじゃないか。 [失敗]
失敗したからって何なのだ? 失敗から学びを得て、また挑戦すればいいじゃないか。(ウォルト・ディズニー)
ミッキーマウスの生みの親にして、ディズニーランドの創設者であるウォルト・ディズニー。
現在のディズニーはアナと雪の女王を例に出すまでもなく、世界的な成功企業の一つと考えられているかも知れませんが、 彼の人生を一言で表現するならば文字通り「失敗に次ぐ失敗の連続」であったと言えます。
自ら立ち上げた会社の倒産や同僚たちの裏切りも経験し、いつ諦めていてもおかしくない状況を経験しています。
しかし、言い方を変えれば、挑戦に次ぐ挑戦の人生でもあり、決して妥協することがない情熱を持っていました。
もし、ウォルト・ディズニーが諦めの良い人物であったならば、この世界にディズニーランドは存在しなかったことは間違いありません。
私も含めて、ディズニー映画のファンで、ディズニーランドが大好きな方は多いと思いますが、ウォルト・ディズニーの人生についてはそれほど馴染みがないように思えます。
是非、ウォルト・ディズニーの人生について知って頂きたいと思います。
失敗したからって何なのだ? 失敗から学びを得て、また挑戦すればいいじゃないか。(ウォルト・ディズニー)
十回新しいことを始めれば九回は失敗する。 [失敗]
十回新しいことを始めれば九回は失敗する。(柳井正)
ユニクロを展開するファーストリテイリング創業者、柳井正さんの言葉です。
柳井さんは確率について語っているのではなく、失敗を恐れず新しいことを始める勇気を持てということを語っているのだと解釈しています。
柳井さんは「致命的にならない限り、失敗はしてもいいと思っていました。やってみないと分からない。行動してみる前に考えても無駄です。行動して考えて修正すればいい。」とも発言しています。
ビジネスの現場においては失敗が許されない場面があることは間違いありませんが、その許されない失敗を恐れて何もしない事が最大のリスクであるという思想が読み取れます。
衣料品店という成熟しきったように見えた業界で、柳井氏は失敗を恐れずチャレンジし続けたことで、現在のユニクロの基礎を築いたのでしょうね。
十回新しいことを始めれば九回は失敗する。(柳井正)
私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台づくりをしていることにある。仕事は全部失敗の連続である。 [失敗]
私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台づくりをしていることにある。
仕事は全部失敗の連続である。(本田宗一郎)
本田技研工業の創業者、本田宗一郎氏の言葉です。
本田宗一郎氏は生粋の技術者で、「できない」という言葉を嫌い、若い技術者にスパナやヤスリを投げつけたり殴ったりしたこともあったそうです。
ピストンリングを開発する際には失敗に次ぐ失敗の連続でしたが、学校に通い直し、実験を重ねて遂に完成にこぎつけています。
同様に、ビジネスを進めていく上で「失敗」ということを経験したことがない人はいないと思います。
もちろん、一度で成功できるに越したことは無いのでしょうが、むしろ失敗こそが大きな成功のための土台を作っているということを、技術者である宗一郎氏は誰よりも良く理解していたのだと思います。
一方で、社長を退任した後は日本全国に約700か所あった整備工場を廻り、一人ひとりの従業員たちと握手をして回りました。
その時、油にまみれた手で握手をしようとして、慌てて引っ込めようとした従業員に、「その油まみれの手が良いのだ。俺は油のにおいが大好きなんだ」といって そのまま握手をしたエピソードも有名です。
なお、本田宗一郎氏の左手の親指と人差し指は50年以上にわたる仕事で削られ、右手に比べて1センチ以上短くなっていたとか。
そんな本田宗一郎氏の言葉には大変な重みがあると感じます。
私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台づくりをしていることにある。
仕事は全部失敗の連続である。(本田宗一郎)